新着情報

人間国宝・釜師 角谷一圭 『唐松沈金』 蓋置

2022/10/19

こちらは茶の湯釜制作一筋に打ち込んだことで知られる重要無形文化財「茶の湯釜」保持者、いわゆる人間国宝の角谷一圭による銅製の蓋置です。仕上げの着色には漆工芸の加飾技法で知られる沈金が施され、胴下部には一圭の銘が確認できます。



角谷一圭(本名・辰治郎)は、明治34年、鋳物の町として知られていた大阪市に生まれました。角谷家はもともと釜師の家系ではありませんでしたが、父巳之助を初代として茶釜の仕事を家業とするようになりました。

父の釜づくりの発端となったのが、明治18年に淀川と大和川が決壊して大洪水に見舞われた際、鋳物工場の修理に宮大工であった祖父と出かけ、その工場で見た鉄鋳物に心魅かれたことだったと伝わっています。

その父は、なにかと一圭を制作の頼りにしていた節があったといい、例えばまだ一圭が小学校の頃、授業中でも工場へ度々呼び戻し、作業の手伝いをよくさせたそうです。このように、幼少の頃から父の手ほどきを受け、厳しく仕込まれた一圭は、早くから確実な技術を習得し、21歳の若さで「大阪府工芸展」に鉄瓶を出品し、入賞を果たしています。


のちに、釜師の大国藤兵衛や陶磁器彫刻家の杉田清二、鋳金工芸家で歌人の香取秀真などから立体図案と彫塑などを学んで更なる研鑽を重ねた一圭は、自らも歌人・鋳金家として活躍しながら当時の工芸界を指導、牽引していくことになります。


日本伝統工芸展などには、終始、穏やかな釜肌に古典的な図柄を配した作品を発表し続けた一圭は、名釜を実際に目にする機会にも恵まれ、釜全体の造形から地鉄の風合いや地紋の特色などの研究・調査を熱心に行い、1978年には重要無形文化財「茶の湯釜」保持者に認定されました。

          


角谷一圭の作風 

「第五回日本伝統工芸展」で高松総裁賞、「同八回展」で朝日新聞社賞を受賞したそれぞれの作品、『海老釜』や『独楽ノ釜』の見事な鐶付(かんつき)からもわかるように、一圭は鐶付茶釜の考察を特別大切にしました。中でも『独楽ノ釜』の風車形の鐶付は、十年近く意匠を温めたのちに制作した会心の作と言われています。釜全体の構想を考えるにあたって一圭は「鐶付の意匠から考案したほうが茶釜制作上の理に適う」と指摘するなど、作品の出来映えを大きく左右する要素として鐶付を重要視したことが伺えます。


国の重要文化財に匹敵するような優れた名釜を多く所蔵していたことで知られる細見古香庵からの影響は一圭の和鏡研究にも及びますが、一圭は羽黒鏡などの観察から、茶釜制作時のヘラ押しの要領や、素早い仕上げがもたらす生き生きとした効果などを独自に研究して会得し、現代感覚にあふれる作風にその成果を生かしました。


その後も一圭は、名品を手本に絵画、彫刻、自然観察に親しんで鍛えた審美眼を通して、義太夫、日舞、長唄などで培った粋な趣味、持ち前の朗らかな人柄、旺盛な創作と研究意欲とで、飾り気のない茶釜の姿を追求し、独自の作風を築き上げました。 

      

 

いわの美術でのお買取り


伝統的な金工技術により重要無形文化財保持者に認定された角谷一圭による作品には、和銑霰蓬莱図真形釜(わずくあられほうらいずしんなりがま)や馬ノ図真形釜のように日本政府により文化遺産の指定を受けているものがあります。文化庁が後世に伝承すべきとした妙技をもつ一圭の鋳造作品が、茶の湯をたしなむ人々のみならず、芸術品としても市場で需要が高いのは当然のことで、1999年に一圭が亡くなったあとでは、さらなる希少価値が加わっています。

お手持ちの一圭作品や、その他お茶道具のご売却をお考えの場合、ぜひいわの美術にご相談ください。下記LINEまたはホームページに写真を送っていただくと無料査定が可能です。また、ご不明な点はお電話フリーダイヤルでもお問い合わせいただけます。

スタッフ一同、皆さまからのご連絡をお待ち申し上げております。