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10代 柏叟宗室(認得斎) 1770-1826

柏叟宗室の生涯


柏叟宗室は、9代目石翁宗室の長男として1770年に生まれ、父の石翁宗室が亡くなったのをキッカケに35歳で、10代目を継ぎました。

茶道を父に学んだ柏叟宗室は、実践だけで覚えるのではなく、教えもらった事をきちんとメモに残す程几帳面な性格だったと言われています。

その後、父の石翁宗室が13歳で利休一百回忌の花生を行なったように、柏叟宗室も利休二百回忌で花を生け、多くの人々に美術センスを見せつけたのが20歳の頃でした。

多くの事を教えてくれた父、石翁宗室が亡くなってから4年後の35歳の時に裏千家10代目を継ぎ、父や先代と同じく加賀藩前田家、伊予松山藩久松家に出仕しています。

10代目を継いでからは、多くの武士や町人を招き、宗旦百五十回忌、一橙五十回忌、少庵二百回忌などの様々な茶会を開き文化文政の時代を生きたと言われています。

また、妻として娶った、夫人の松室宗江はとても優れた茶人と言われていて、後に養子に迎えた精中宗室の茶道教育に尽力しました。

数多くの茶会を開き、夫人の松室宗江とともに精中宗室の茶道教育に力を尽くしましたが、1826年56歳でこの世を去りました。


柏叟宗室の好み物

柏叟宗室が好んだ物は、侘びと華やかさを共存させたような作品が多く、当時の背景と裏千家の有様を描いたとも言われています。

町人文化の爛熟さを反映させ、蒔絵で華やかさを演出していますが、しっとりとした佇まいなども含むなどして、華やかなのに落ち着いた印象の作品が作られました。

柏叟宗室の好み物の中で特に有名なのが夕顔大棗と呼ばれ、侘びと華やかさを共存させたような作品となっています。

夕顔大棗は、大きな夕顔の葉が棗全面に描かれていますが、目がちらつかないように、良いバランスで蒔絵が配置されています。

柏叟宗室は、夕顔大棗のように地味だけど派手で、派手だけど地味という絶妙なバランスで構成された作品を数多く残しました。