茶道具作家紹介

三浦竹泉 みうら ちくせん

京焼の陶工
更新日: 2009/10/26
京焼の陶工、三浦家の通名。
初代竹泉(1854〜1915)は、本名を渡邉政吉、のち駒次郎。
「有声居」のち「篩月庵」と号す。
13歳の時に3代高橋道八に師事。明治16年(1883)に独立し
五条坂に開窯。西洋彩色を磁器に応用し、釉薬透明紋の製造に成功する。
明治37年(1904)青華磁器に玉石珊瑚を挿入し、
明治40年(1907)黄色原料を釉薬に用い淡黄陶に彫刻を応用するなど
多くの新技法を工夫する。文人墨客と交わり、
田能村直入に画を学ぶなど、みずからも書画に長じ、
また明治36年(1903)清の朱海鹽の「陶説」を訳した「和漢対照陶説」
を出版するなど、幅広く活躍した。
二代竹泉(1882〜1920)父の死後襲名したが39歳で早逝。
三代竹泉(1900〜1990)初代竹泉の三男。二代竹泉の末弟。
幼名は三郎。号は篩月庵。二代竹泉早世とその子息幼少のため
大正10年(1921)襲名。昭和6年(1931)に四代に家督を譲り、
昭和9年(1934)別家し「竹軒」と号し製作を続ける。
四代竹泉(1934〜)二代竹泉の長男。昭和6年(1931)に四代襲名。
主に煎抹茶器を製作。五代竹泉(1911〜1976)四代竹泉の長男。
本名は徹。昭和32年(1957)同志社大学文学部美学芸術学専攻卒。
四代竹泉に師事、昭和47年(1972)襲名。京都伝統陶芸家協会会員。
日本煎茶工芸展審査員。