買取実績紹介

10代・大樋長左衛門 茶碗

作家名: 10代・大樋長左衛門
更新日: 2015/11/10

10代・大樋長左衛門の茶碗買取ました

今回、いわの美術がお買取したお品物は、10代・大樋長左衛門の茶碗です。
10代・大樋長左衛門は9代・大樋長左衛門の長男として生まれており、幼い頃から大樋焼を見て育ちました。
そのため、歴代の中でも素晴らしい技量の持ち主として評価されており、文化勲章を受章し、日本芸術院会員としても活躍を見せている事がその実力を証明しています。
10代・大樋長左衛門は、伝統的な大樋焼を手掛ける一方で、外務省の派遣によりヨーロッパや中近東などを巡っている事から、その地域の技法やテーマを取り入れた新しい作品を生み出す事にも力を入れています。


今回、お買取した10代・大樋長左衛門の茶碗は飴色の釉薬が美しい大樋焼の茶碗でした。
あまり使う事がなかったそうで、とても綺麗な状態でお譲り頂きました。
10代・大樋長左衛門の作品は中古市場でも人気が高く、市場評価も踏まえて買取を行いました。

大樋焼買取ます

大樋焼は江戸時代から石川県金沢市で続く歴史と伝統ある焼物です。
江戸時代初期に加賀藩5代藩主・前田綱紀が京都から茶堂として裏千家4代・千宗室が招かれた際、楽家4代・楽一入に師事し、高弟として実力が認められていた土師長左衛門が付き添いとして一緒に加賀藩へやってきました。
しばらくして裏千家4代・千宗室が京都へ戻る事になっても、土師長左衛門はこの地に残り、金沢のはずれの大樋村の陶土を使って焼物を始め大樋焼が誕生しました。
後に土師長左衛門の窯は藩の御用窯として発展し、加賀藩より姓を与えられ、初代・大樋長左衛門と名乗るようになったのです。
しかし、7代目までは直系子孫とその門人によって制作が続けられてきましたが、直系子孫による大樋焼の制作は途絶えてしまい、その後、門下の子弟であった奈良理吉が再興し、8代・大樋長左衛門と名乗るようになり、現在までその名が受け継がれています。
一方で、昭和に入ると大樋焼の需要拡大に伴い、7代の直系子孫による大樋焼も再興した事により、両家は大樋焼本家を争う裁判を起こしました。
最終的には直系子孫の方が大樋勘兵衛と名乗る事で解決したようです。


そんな大樋焼の最大の特徴ですが、楽焼の脇窯である事からロクロを使わずに手とヘラだけで形を作るため、どっしりと重厚感ある造形をしており、飴釉を用いた品のある光沢を放っている事です。
この飴釉を使用している理由は、京都の楽家から楽焼の黒や赤を使う事が禁止されたため、使用するようになったそうです。
大樋焼は全てがとてもシンプルなデザインなのですが、一つとして同じものはなく、多くの陶芸ファンを魅了し続けています。
大樋焼のご売却をお考えでしたら、年間に大樋焼の買取実績を誇る、いわの美術までお気軽にご相談下さい。