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新垣栄三郎の作品お買取り致します

2017/07/31

新垣栄三郎の作品買取ります


お茶道具の買取実績豊富ないわの美術では、壷屋焼作家で有名な新垣栄三郎の作品をお買取り致します。

1921年に沖縄県那覇市壷屋で生まれた新垣栄三郎は、実家が代々焼物を作っていた家系だった事から、仕事を手伝いながら焼物を勉強しました。

その後、陶芸家を目指すべく人間国宝の浜田庄司や、陶芸以外でも彫刻や書など様々な分野で活躍した河井寛治郎に学び、陶芸の基礎や技術を習得しました。

戦後は小学校で教員として教壇に立ち、教員生活を終えた後は焼物製作に専念し、陶芸家として様々な作品を作りあげました。

50歳で琉球大学の助教授に選ばれ今後の活躍が期待されましたが、62歳という若さでこの世を去りました。

いわの美術では、沖縄の代表的な壷屋焼を多くの人に知ってもらう為積極的に活動を行っていた新垣栄三郎の作品をお買取り致します。



新垣栄三郎の作品について


新垣栄三郎は、沖縄県那覇市壷屋で生まれ壷屋地区で伝統の壷屋焼を作る陶芸家として活躍していました。

新垣栄三郎が得意としていた壷屋焼は、琉球王国が栄えていた時代に焼物が焼かれていた湧田窯、知花窯、宝口窯という3つの窯を壷屋に集めて1つの窯にした事から始まりました。

3つの窯を1つに統合した事で壷屋焼は琉球随一の窯場となり、国内生産や交易にも利用されましたが、明治時代から大正時代にかけて琉球王国の廃止により流通制限がなくなった事で有田焼など安い単価の物が数多く輸入された為、壷屋焼は一時低迷期に入りました。

その後、大正の終わり頃に起きた民芸運動に陶芸家達が触発され、金城次郎や新垣栄三郎が陶芸家に直接指導や助言をし、沖縄以外にも壷屋焼を広めた事で生産数が上がり、低迷期を抜け出す事が出来ました。

壷屋焼の再生には、人間国宝の金城次郎と小橋川永昌、新垣栄三郎の3人が重要な役割を果たし貢献した事で、壷屋三人男と呼ばれていました。

いわの美術では、壷屋焼を世間に広める事に成功した新垣栄三郎の作品以外でも、人間国宝の金城次郎や小橋川永昌など様々な作品をお買取りしております。

作家名や品物の種類がわかればお電話だけでも大体の査定額をお出しする事は可能ですが、何もわからない場合ですと、メールやLINEで品物の写真を送って頂ければ詳しくお調べが可能です。

遺品整理・引っ越しの片付け・コレクションの整理・事務所移転など売却を考えているお品物などございましたら、お気軽にいわの美術までお問い合わせ下さい。


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