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茶道具買取実績紹介

更新日 2009/12/26
品名 真葛香山製 香炉
作家名

幕末の名工の一人に数えられる宮川長造(1797~1860)が、
観勝寺安井門蹟より「真葛」の号を賜り、
「真葛」を称する。
また晩年華頂宮より「香山」の号を授かる。
仁清写しを多く作る。
長造の長男・長平が2代真葛長造(~1860)
だが早世したため、長造の四男・寅之助(1842~1916)
が長平の妻と子を引き取り19 歳で
家督を継ぎ真葛焼の名をさらに高め、
有栖川宮の勧誘と薩摩藩士小松帯刀の
後援により明治3年(1870)に家族を連れて
横浜に移住。
同所の南太田に陶窯を築き、
真葛焼「真葛香山」と称した。
2代真葛香山(1859~1940)宮川半之助
もこれを手伝う。
明治26年アメリカ合衆国シカゴで開催された
万国博覧会にも出品する等、
主に欧米向けに鮮やかな装飾をもって
制作され「マクズウエア」の名で広く世界に知られ、
明治29年帝室技芸員となる。3代真葛香山葛之輔が
昭和20年横浜大空襲に被災して死亡。戦後、
3代目の弟智之助が4代目を名乗り復興を目指すが
昭和34年に亡くなり「真葛窯」は絶えた。
これを「横浜真葛焼」と呼ぶこともある。
別に、京都において宮川長造の縁戚が
香斎と名乗り作陶。その養子である2代香斎(1846~)が慶応元年(1865)
ころ香斎を名乗り、初代真葛香山を手伝っていた。
その長男が大正6年(1917)3代香斎(1894~1919)を襲名。4代香斎(1897~1986)は
2代香斎の次男。3代香斎の弟。
京都市徒弟伝習所において作陶を学び、
陶芸活動を開始し、兄3代香斎が大正8年(1919)
亡くなったため家督相続、香斎を襲名。
昭和5年には帝展に初入選し「宮川長造」のころの
作風を志向し、やがて2代目真葛香山らにも認められ、
昭和9年頃から真葛を名乗るようになり、
初代真葛香斎となる。永誉香斎とも呼ばれる。
2代香斎(1922~)は、東京都生まれ。
陶芸家クラブにて先代清水六兵衛に指導を受けるが、
昭和22年4代香斎の長女と婚姻し、
4代香斎に師事する。昭和44年養子縁組。
昭和47年5代宮川香斎(2代真葛香斎)
を襲名する。「京都真葛」ともいう。
他に、宮川香斎家から分家した龍谷焼宮川香雲がある。





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